ラヴェンナ(4)東ローマ帝国。国とは?その38―閑話休題(再三)
... このゼノンが先述の通り491年に死亡し、皇后のアリアドネが再婚、アナスタシウス1世が皇帝となったものです。 アナスタシウス1世は単性論を支持しながらも良く妻の元夫のゼノンがカルケドン公会議後の賛成派と反対派の和合を目指して定め ...

ラヴェンナ(5)ゴシックとは。 ヨーロッパの形成。国とは?そ ...
... 497年に東ローマ帝国の皇帝アナスタシウス1世によって認められる形で成立した東ゴート王国に戻します。 東ゴート王国はイタリアのほぼ全域を、西ローマの政治機構を再整備しながら統治し ...

安定した帝国
... 名君アナスタシウス1世の下で力を蓄えた東ローマ帝国は、6世紀のユスティニアヌス1世(大帝)の時代には、名将ベリサリウスの活躍により旧西ローマ帝国領のイタリア半島・北アフリカ・イベリア半島の一部を征服し ...

アナスタシウス1世(Anastasius I 431年-518年7月9日)は、東ローマ帝国の皇帝(在位491年-518年)。
先代の皇帝・ゼノン (東ローマ皇帝) ゼノンは後継者を指名せずして491年、死去した。このため、ゼノンの皇后・アリアドネは当時、枢密院警護長であったアナスタシウス1世と結婚することで、皇帝として選んだのである。
即位直後、アナスタシウス1世はイサウリア人の反乱を鎮圧するとともに、ブルガール人の侵攻を防いで帝国の防備を強化した。さらに、この頃になると帝国財政は破綻寸前にあったが、アナスタシウス1世は優れた経済政策を採用することで、財政再建を実現させるなど、その治世に多くの功績を残した。
アナスタシウス1世の詳細